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1月もあっという間に下旬。
ネタは色々とあるのだけど、文章にするのが面倒でサボリ中。 復職して7か月が過ぎ、1日当たりの勤務時間は4時間半。 これを今年も体調に合わせて少しずつ長くしていく予定。 昨年から、あんまり進展してないけれど、あせらず、 一歩一歩できることをやっていくつもり。 ミャンマーの動きが急だ。不自然とも言えるほど急だ。
動きそのものは歓迎したいが、 ミャンマーは多民族・多言語・他宗教国家で、物事はそんなにシンプルではない。 国境沿いでは、あちらこちらでゲリラと軍の戦いが起きている。独立運動などもある。 ただ、ミャンマー情勢が落ち着いてきて、海外からの投資が増えれば、 経済発展する地合いにあると思う。 ブルネイ、シンガポール、マレーシア、タイに続いて中国、インドの超大国が隆盛し、 ベトナム、インドネシア、フィリピン、スリランカがこれに続いている。 そして、カンボジア、バングラデシュに軽工業の生産の中心が移っていっている。 ラオスは内陸国で人口も少ないから、たとえば森と水の国というように、 ブータン的な国のあり方を模索するのかもしれない。 ここまでくれば、東アジアからインドにかけての膨大な人口を有する広大な地域が、 経済的に離陸していく姿を思い描くことができる。トルコも大きく成長するだろう。 また、ロシアがアジア太平洋の一国として、どのような戦略を取るかも、 この地域に重大な影響を与える。 当然、アメリカと中国の覇権争いは、これらの地域で激化していく。 パキスタン以西は、まだ困難に直面していくだろう。コーカサス諸国も含めて。 中央アジアは特殊な環境下で特殊な経済成長をしていくかもしれない。 ペルシャ湾岸諸国・アラブ諸国の動向も気になる。 アジアの次の市場として、ラテンアメリカに注目が集まっている。 当該地域大国としてはメキシコ、ブラジル、アルゼンチンがあり、 APEC諸国としてはチリ、ペルーがある。その次の焦点はコロンビアになるだろう。 中米・カリブ海諸国は、規模が小さいものの、 国際社会における重要性は相対的に上昇していくものと思われる。 アフリカは国ごとに様相が違い、どう分析すればよいのか判断しかねるが、 南アフリカが中心的な役割を果たしつつ、 タンザニア、ケニア、ウガンダ、ルワンダあたりが勢力を増してくるかもしれない。 西・中央アフリカでは内線状態になっているナイジェリアの潜在力が大きいが、 政治が安定してきているガーナと比較することで、 この地域の将来がある程度は見通せるかもしれない。 ヨーロッパが収縮する中で、世界全体の動きがスムーズに流れていくかどうか。 ミャンマーの動きは、重大な局面に差し掛かっていると感じる。 米オバマ大統領の豪州でのスピーチを見て、
アジア太平洋(Asia-Pacific)という概念はアメリカ人が作ったのかなと思った。 アジアだけなら、アメリカは入れない。 でもアジア太平洋なら、ハワイもグァムも入るし、アメリカ西海岸だって入る。 だから、21世紀はアジアの世紀というだけでなく、 アジア太平洋の世紀だと言いつつ、 経済関係・軍事関係・政治関係を構築しなおしていくこと。 これまでのアメリカは東海岸中心で、欧州を向いていたけど、 オバマさんはハワイで生まれ、インドネシアで育っているから、 アメリカの太平洋戦略を彼がこのタイミングで決めていくのは、 自然な流れなのかもしれない。 チュニジア、エジプトに続いてリビアでも政権が崩壊した。
これが他の国に飛び火するのか、特にシリア、イエメンあたりの状況が気になる。 壊すより、作るほうが難しい。 その第一歩としてのチュニジアの議会選挙は今週末。 憲法を定めるメンバーを決めるという重要な選挙だが、 たくさんの市民が納得する形で選挙を乗り越えられるのか要注目だ。
タイの洪水が、何だか大変なことになっている。
ニュースでは、日系企業のサプライチェーンが寸断されて、 タイばかりでなく世界各地の工場で生産停止や減産に追い込まれている、 との報道がなされている。 日本の震災のときも同様の問題があった。 世界のどこへ行っても、何が起きるか分からない。 ウォール街での「反格差デモ」が全米へ、
そして世界へ飛び火しているという。 しかし、NYはそろそろ寒くなってくる季節。 その寒さは東京の寒さとは比較にならない。 参加者が健康を害さないように祈るばかりだ。 もう1週間以上たってしまったが、さる9月21日(水)、
台風15号が首都圏を直撃した。 これまで30年ほどの時間を東京で過ごしてきたが、 今まで記憶にある中で一番強い雨と風だった。 僕自身は台風をやり過ごした後に帰宅できたものの、その道すがら、 鉢植えや自転車があちらこちらでひっくり返っていたし、 壊れた傘も驚くほどたくさん散乱していた。 そして、最寄駅の近くでは、幹の直径が20cmほどある木が、 倒れて電線に引っかかっていた。 ただ、こういったものは翌日にはほとんど片付けられていたので、 (木も切り倒されて、処分されていた。) それが逆に、時間が経ってもなかなか復旧ができない自然災害の重大さを、 より一層強く感じさせる体験となった。 ちなみに我が家の隣の家は、屋根が飛んでいってしまったそうで、 未だに屋根の修理中である。これは大変そう。 台風が過ぎ去ってからは、一気に秋の空気に入れ替わって、 今日あたりからは更に朝晩冷え込んで、 街を行く人々の格好も季節の移り変わりを感じさせるものになってきた。 という訳で、体調を崩しやすい時期なので、 手洗い、うがい、充分な栄養と睡眠をとり、 風邪など引かぬよう日々過ごしていきましょう。 中秋の名月から一夜明けて、今晩は十六夜月夜。
軽やかな秋の夜風に心身を預けると、 傾いた月影が虫たちのハーモニーを惹き立てる。 秋の夜長の物思いは、犠牲になった方々への弔いと、 生き残った人々の更なる幸福をささやかながら願うこと。 時が流れても、心を流すことなく、むしろ留めること。 震災から半年、米同時多発テロから10年の節目を迎え、 我々にとって大事なことは何一つ変わっていないと強く感じる。 なさねばならぬこと、なされねばならぬことは今も変わってない。 何千年も何万年も変わらぬ十六夜月夜に見守られながら。
6月20日(月)に復職してから2ヶ月過ぎて、
なんとか、ここまでやってきています。 早めに夏休みをしっかり取ったのが功を奏した感覚です。 最初は13時出勤、17時退勤だったのが、 帰りが15分伸びて17時15分となりました。 これからだいたい1ヶ月ごとに15分ずつ帰る時間を遅くして労働時間を延ばしていき、 年明けくらいから、午前出勤に挑戦していくイメージです。 東京は暑さがおさまってきて、秋が来つつあるのを感じます。 一方で夏の疲れが出てきているところもあって、 何となく肩がこったり、体が重かったりするので、 連休をうまく使いながら、有給休暇も使いながら、 まずは12月までを乗り切りたいと思っています。 ジム通いは週3日。筋トレ+走る30分~1時間+軽めに泳ぐ。 走るスピードと距離が安定してきて、1ヶ月の走行距離が、 100kmを超えるようになってきました。 読書量はかなり落ちて、月5冊程度。 語学の勉強は、今はフランス語に力を入れていて、11月に4級試験を受けるつもり。 中国語はNHKラジオを聴いてます。 思っていたよりは順調にきているけど、一気にアクセルを踏むことはせず、 慎重にやっていくつもりです。 「みるくゆぬんかし くいむどぅちなまに
うまんちゅゆぬまぢり あしぶうりしゃ (弥勒世ぬ昔) (繰い戻ぅち今に) (御万人ぬまぢり) (遊ぶ嬉しゃ)」 あかたすんどぅんち (赤田首里殿内) 沖縄民謡 より 弥勒様がいらゃっしゃった昔のような平和な世を 今に取り戻そう 世界中あらゆる人が入り混じって 遊ぶことの嬉しさよ 参考:夏川りみのアルバム てぃだ ~太陽・風ぬ想い(ティダ・カジヌウムイ)~ 蝉ないて はや立秋の 宴かな
Semi-naite haya-rissyuuno utage-kana Though cicadae are still singing like haveing a party, autumn starts to come.
6月に受けた中国語検定4級(初心者レベル)に合格した。
休職中にコツコツやってきたことについて、分かりやすい成果が出て嬉しい。 合格に必要な点数は60%で、今回は80%以上とれていたので上出来。 来年、3級を受けるつもり。 そして、この11月にフランス語検定4級を受ける準備をしている。 気がついたら試験日までの時間が少なくなっていて、 こちらの方がハードルが高いような気がしている。 大きなテロが起き、大きな自然災害が起き、大きな事故が起きている。
戦争も内戦も、食糧不足も水不足も、世界で多くの人々を苦しめている。 それぞれが起きている国や地域が抱えている悩ましい背景が、 それぞれの事象から透けて見える。 天災はともかく、人災は、いかにその事象を客観的に把握し、 原因を特定し、改善につなげられるかが、未来への希望へのカギだと思う。 「また争いが 自然の猛威が 安らげる場所を奪って 眠れずにいるあなたに 言葉などただ虚しく 沈んだ希望が 崩れた夢が いつの日か過去に変わったら 今を好きに もっと好きになれるから あわてなくてもいいよ」 to U 作詞:桜井和寿 夕方、外に出ると、軽やかな風が吹いていた。
まるで夏の札幌やウィーンにいるかのような気分になった。 昨日、今日と東京の最高気温は20℃代半ば。 湿度も低くて、過ごしやすかった。 明後日以降は、また気温が上がるようだ。 最近の天気予報は、はずれることがやけに多いような気がするけれど、 夏の日々がこれよりも暑くなるという点は、さすがに当たることだろう。 節電もあわせて厳しい夏が続きますが、熱中症に気をつけましょうね。 登山にたとえれば、復職は、ようやく登山口にたどり着いたようなもの。
悩んで苦しんだ挙句、なんとか出発点まで。 山に登るのはこれから。 一歩一歩を大切にやっていきます。
皆様
睡眠リズムを崩して長らく休職をしておりましたが、 6月20日に復職を果たして2週間半がすぎ、 何とかやっていけそうな手ごたえを感じているところです。 現在は時間制限がついていて、午後だけの勤務ですが、 調子を見ながら少しずつ勤務時間を元に戻していく予定です。 職場を離れていた期間があまりに長いため、 リハビリ期間も長くなりそうですが、 今後とも温かい目で見守っていただければ幸いです。 今をときめくAKB48の総選挙が行われ、
読売新聞によると投票総数は116万6千票だったそうだ。 おぉ、これは一つの国レベルの数字だなと思い、 手元にある人口統計(2007年)を見て、 116万6千よりも人口が少ない国をリストアップしてみたので、 ここに披露したい。 なお、抜け落ちや間違いがあれば指摘していただければ幸い。 人口(単位:千人) (参考●AKB48:1166) ●アジア カタール:841、キプロス:855、バーレーン:753、東ティモール:1155、 ブータン:658、ブルネイ:390、モルディブ:306 ●アフリカ カーボベルデ:530、コモロ:839、サントメ・プリンシペ:158、ジブチ:833、 スワジランド:1141、赤道ギニア:507、セーシェル:87 ●ヨーロッパ アイスランド:301、アンドラ:75、サンマリノ:31、バチカン:1、マルタ:407、 モナコ:33、モンテネグロ:598、リヒテンシュタイン:35、ルクセンブルク:467 ●北中米カリブ海 アンティグア・バーブーダ:85、グレナダ:106、セントキッツ・ネービス:50、 セントビンセント・グレナディーン:120、セントルシア:165、ドミニカ:67、 バハマ:331、バルバドス:294、ベリーズ:288 ●南米 ガイアナ:738、スリナム:458 ●オセアニア キリバス:95、サモア:187、ソロモン:496、ツバル:11、トンガ:100、ナウル:10、 バヌアツ:226、パラオ:20、フィジー:839、マーシャル:59、ミクロネシア:111 なお、日本:127967、世界10位なので、 人口という観点からは、日本は小さな国ではないと思う。 (参考文献:高等地図帳2008-2009 二宮書店) 気象庁によると、関東地方は5月28日に梅雨入り。
これは平年に比べ12日早いそうである。 確かにその週末は雨が降った。 しかし、それは台風2号が北上していたせいで、 梅雨前線が一時的に活発化しただけだと思う。 昨晩もかなり強い雨が降ったが、 梅雨というより積乱雲が発達したゲリラ豪雨的な降り方だった。 そんな訳で、東京はまだ梅雨入りしていないと僕は思う。
卯の花をかざしに関の晴着かな 曾良
松尾芭蕉の「おくのほそ道」に同行した曾良が、 白河の関をこえるにあたって詠んだ句。 古人が関を越える際に晴着に着替えたという故事にならい、 晴着のない我々は、せめて野に咲く卯の花を頭に挿して、 晴着の代わりとしよう。 ![]() 東日本では今夏の電力不足が予想され、
需要と供給の差(需給ギャップ・電力不足)をどう埋めるのかが問題となっている。 この議論では、 ①発電(供給)、 ②送電、 ③変電、 ④蓄電、 ⑤電気利用(需要) ・・・ といった形で、 少なくともこの5分野くらいは考慮に入れて包括的に議論していくことが必要だ。 短期的には、①発電量の増加、⑤電気利用の抑制(節電)が対策の中心になるが、 その他の3点も考慮することで電力不足解消に役立つ可能性がある。 また、中長期的に電力システムをどうするのかを議論していくに当たっても、 不可欠な分野だと思うので、現時点であまり光が当たっていない切り口を、 それぞれの分野ごとに提示しておきたい。 ①発電(供給)については、これまで分散電源ではなく、 集中電源が中心的な役割を果たしてきた。 分散電源というのは太陽光や小規模水力などによって、あちらこちらで発電、 一方、集中電源というのは原子力や大規模火力などによって、1箇所で大量に発電し、 それを全体に供給するというやり方。 実際、分散電源より集中電源の方が発電量を把握・制御しやすく、 効率的でコストが安く、安定的に供給できるということが言われてきた。 しかし、今回の震災で集中電源の脆弱性が露呈し、供給不安になっているため、 今後、分散電源を増やそうという議論になるものと思われる。 しかし、分散電源はコストが高い、発電量の把握・制御が難しいという問題があるし、 加えて、分散電源だけでどれ程の需要を賄えるか、どれ程安定的に供給ができるか、 についても慎重に検討するべきだろう。 さらに、二酸化炭素排出量をどう抑制するのかも、大きな論点である。 発電量を増やすには短期的に火力発電を増やすことになるだろうが、 これをどこまで進めるのかは、⑤電力利用の抑制がどれ程達成されるかに左右される。 ②送電については、集中電源で電圧の高い状態を保って電気を遠くまで送ることで、 効率を高めるというシステム設計になっている。 (電圧が高い方が送電ロスが小さいため) そして、ある程度、利用者の近くまで来たところで電圧を下げ(変圧、③変電の一種)、 各家庭やオフィス・商業施設などに配られている。 分散電源がシステムの中心になるのであれば、 この送電システムも設計変更が必要だろう。 ③変電については、上述の変圧の他、周波数の変換という問題がある。 日本は歴史的な経緯のせいで、 東京電力・東北電力・北海道電力が扱う電力の周波数と、 中部電力・北陸電力・その他西日本各地の電力会社が扱う電力の周波数が違うため、 お互いに電気を融通しあえない。 (一部、周波数変換で融通が可能だが融通量は僅か。) 周波数を日本全体で一つに統一するためには、発電所だけでなく送電網も変圧器も、 各家庭の家電も新しい周波数に対応させる必要があるため、 莫大なコストと手間がかかるが、 それをやるのかどうかも検討の俎上に乗せるべきだと思う。 ④蓄電については、今のところ小規模のものしか実現性がないが、 各家庭や小規模オフィスであれば、導入の推進策を練っても良い。 蓄電器のほか、電気自動車や電動アシスト自転車なども、 蓄えた電気を電線に戻す装置を付ければ有効な電力不足打開策になり得る。 ⑤電力利用(節電)については、意識が高まっている今こそ大胆な提案が重要。 首都圏の夏の気温が高いのは元々の気候に加えて人工的な熱源が多いからで、 それらをどれくらい止めることができるかを、今のうちに試しておいたら良い。 昼間の照明は暗くても良いと思うし、あらゆる場所で弱冷房にすること、 昼間の鉄道運行を減らすことなど、できることはたくさんある。 スーツなんか着なくても良いし、冷たい飲み物は魔法瓶に入れて持ち歩けば良い。 コンビニや自動販売機やパチンコ屋などが話題になっているが、 今年だけでなく、来年以降も続けるような投資をするような誘導策があっても良い。 また、家庭でも古いエアコンや冷蔵庫は無駄に電力を食うので、 買い替え促進策を入れるのも良いのではないかと思う。 僕は、どちらかというと①供給を増やすより⑤節電をもっとすべきというのが持論である。 以上を検討していくと、現在の電力会社の形態を変えてゆく必要があるかも? という話にまでつながっていく。 地域独占の電力会社は概ね株式会社で、上場していたりするのだが、 公共インフラである電力は、そのような会社のあり方で良いのか? 発電分野と送電分野は切り離すべきでは?などという点も、 国民にとって、どういうメリットとデメリットがあるのかを詳細に明らかにしつつ、 オープンに議論していくことが不可欠だ。 ただ、例えば沖縄電力は離島が多く、元々分散電源的な運用がなされているので、 東京電力のあり方を議論をする場合とは違った観点が必要であることも、 指摘しておきたい。 今年は春を掴みそこねてしまった。
例年通り桜が咲いて、散って、葉桜となり、新緑の季節を迎えたのに、 心がかき乱れて、自然の美しさは何一つ心に届かなかった。 震災以来、溜めていた新聞を読み返しながら、 必要なものを整理して保存した。 当時の状況と情報の流れから学ぶべきことは多そうだ。 ゆく春、夏も近づく八十八夜 思うことは多々あれど言葉にならず 僕の目には涙があふれ 時の流れもぼやけて見える もう、こんな春は来るな そう念じても自然は自然のペースで 無情に季節を先へと進めていく それに押し流されている僕がいる 今夏の電力不足に向けて、エネルギー政策全般というよりは、
電力だけに偏った議論が行われているように思われるので、 電力以外のエネルギーについて、どのように考えたら良いのかを、 僕なりに整理して書いてみたい。 電力については、また次回以降。 電力以外のエネルギーで代表的なものは2つあり、 1つは、熱源としてのエネルギー。 もう1つは、動力源としてのエネルギー。 熱源というのは、給湯や暖房需要(一部冷房も含む)のこと。 たとえば避難所で灯油が足りず寒くて仕方なかった、 という話があったが、これは熱源を灯油に依存しすぎたために起きた事象。 技術的にはシンプルな太陽熱給湯をもっと導入すべきだと思うし、 スウェーデンが進めている木材チップを使った暖房供給も、 東北地方再生のためには考慮に入れてもよいのではと思う。 東北の豊かな森林資源を有効に活用する一助になるだろう。 太陽熱給湯は、首都圏でも各家庭が導入する場合、 費用も太陽光発電ほど高くなく、自治体の補助金もある。 昼間暖めた水を、たとえば夕方のお風呂に使うということをすれば、 ガス使用量は減るし、たとえガスが止まっても晴れれば風呂に入れるようになる。 次に動力源としてのエネルギーというのは、車や鉄道などのこと。 ガソリン、ディーゼル車向けの軽油、電車・電気自動車向けの電気。 被災地や東日本全般でガソリンや軽油不足になり物流が滞ったのも、 ガソリンと軽油に依存しすぎているから。 被災地で唯一、電気自動車だけが動いていたという話もある。 電力不足の中、電気自動車はだめなんじゃない?と思う人もいるだろうが、 電気が足りないのは昼間(夏)または夕方(冬)なので、 深夜から早朝にかけて充電するのであれば電力不足に対応できるし、 しかも蓄電器として使えば、昼間や夕方の電力不足の時間帯に、 電力供給源とすることもできる。 以上の通り、電力、熱源、動力源をそれぞれ個別に検討し、 かつ、この3分野が重なる点をうまく使うことで、 リスク分散を図るという議論が必要だと思う。
夏に向けて、東京電力管内での電力不足が懸念される中、
節電に対する関心が高まり、様々な取組が議論されている。 一方で、先週土曜日は最高気温が25度に迫り、 早くもエアコンを使っているところが何箇所もあった。 正直、不必要では?と思った。 真夏ともなれば35度を超える日も出てくるだけに、 議論されていることがどこまで実行に移されるか不安になる。 更に言えば、この夏を乗り切るだけのための節電ではなくて、 これからずっと永遠に節電するつもりで、 社会のあり方、生活のあり方を考え直す機会にしたいものだ。 電気を使う=化石燃料をどこかで燃やしている。 化石燃料のほとんどは輸入に頼っている。 そのような社会システムの脆弱性を認識し、 この世の中への警鐘を鳴らしたい。 スイッチひとつで電気がつくことを当たり前だと思うな。
栓をひねればガスが使えることを当たり前だと思うな。 蛇口をひねれば水が出てくることを当たり前だと思うな。 ましてや、お湯が使えることを当たり前だと思うな。 電話が通じることを当たり前だと思うな。 お金を払えばいつでも食料が手に入ることを当たり前だと思うな。 病院があって医者に診てもらい、 薬局に行って薬を調合してもらえることを当たり前だと思うな。 何より、武装もせず気楽に街を歩けることを当たり前だと思うな。 これほど安全で便利な社会を作り上げてくれた人たちがいて、 そのような社会を支えてくれている人たちがいることを、 当たり前だと思うな。 情報を発信するに当たっては正確性と迅速性が重要だと言われる。
しかし、正確さにこだわりすぎると、 確認に確認を重ねる必要が出てきて、迅速性が失われる。 一方で、次から次へと情報発信すると、 誤りを含んだものとなることが多く、正確性が失われる。 つまり、正確性と迅速性を完璧に満たすことは難しく、 バランスが重要だと言った方が適切なように思う。 これに加えて、受け手が理解できる情報発信でないと意味がない。 「●月●日●時、●●市で毎時●マイクロ・シーベルトの放射線量を観測」 という情報は正確かもしれないし、迅速に発表されているかもしれないが、 その情報が、どのような意味を持つのかが一般の人には理解不能だ。 (最近では、みんな詳しくなってきたけれど。) 従って、浴びる放射線量はレントゲン写真1枚分とか、 飛行機でヨーロッパ往復する場合と同じくらいなどのように、 聞いた人がイメージしやすい例示があって初めて、 データを出していることに、意味が出てくる。 ここまでは、3月20日くらいまでには対応されてきて、 情報も日本政府にしてはスムーズに出されていたと思う。 しかし、更に重要なのは、群集心理と、 情報の受け手1人1人の感情の問題なのではないか。 どんなに「安全ですよ」と言われても安心できない。 それが今回起きたこと、起きていること。 そもそも放射線は、普通に生活していても浴びるものだし、 福島第一から30km以上離れている地域と、 新たに避難地域に指定されたところ以外は、 統計学的に言えば、「有意に健康に被害があるとは言えない水準」である。 でも、「今回の件が理由で病気になる可能性がゼロ」とも言えない。 だから不安になる。 可能性が大きくはなくても。 そして、放射能そのものによる健康被害よりも、 不安のストレスによる健康被害の方が大きいというのが現実だとしても。 この不安をすぐに止める方法を、僕は思いつくことができない。 風評被害も、この延長で出てくる問題だ。 地域の風評被害も、日本全体が世界から受けている風評被害も。 中長期的な対応としては、これからもデータをしっかり出し続けること。 できるだけ細やかに。 「大丈夫そうだな」って、みんなが思えるようにしていくこと。海外の人も。 年間20ミリシーベルト(累積)で線を引いて基準としたとのことだけど、 それよりも低い値であれば、気にせず買い、食べ、生活すること。 それよりも高い値であれば出荷制限をして、人の口に入らないようにすること。 出荷できなかった農家や、漁業ができなくなった人たちには、 その分を補償していくこと。 そして何よりも、原発の事態収束、つまり循環した真水で、 燃料の冷却ができる系を早く復活させること。 それらを積み重ねていくしかない。 今回の地震と津波は想定外だったという専門家などの発言に非難が集中したり、
もっと最悪の状態を想定して対策をたてるべきだといった意見が出ていることについて、 そもそも、「想定」とは何を指すのかを考えてみたい。 そして、その「想定」に基づいた「対策」についても触れてみたい。 偉大なる自然を相手に生かされている以上、 最悪の状態を想定することは不可能であり、 自然への畏れが足りない傲慢な態度だと言えるのではないか? 地震や原発事故よりは構造がシンプルな津波の想定について例をとってみよう。 今回、15メートル規模の津波が来たにもかかわらず、 これより高い堤防を造っていたために住民の被害が防げたという地域がある。 それまでは、こんな無駄な堤防をつくりやがって!と言われていたそうだが、 無駄ではなかったことが、図らずも証明された。 その一方で、今後の復興に当たって、津波15メートルという想定は妥当か? 倍の30メートルの津波が来る可能性もある。 より極端な考え方をすれば、100メートル、1千メートル、1万メートルの津波だって、 確率は低いけど、来る可能性はゼロではない。 だから、最悪の津波被害というのは、そもそも想定できないもの。 相手が自然だから、1万メートルだって越えてくる可能性がある。 そうすると、現実の海とのかかわりから、場所によっては10メートルくらい、 高いところでは20メートルくらいの津波を想定するのが妥当なのではないか、 ということについて、地域住民の意見も取り入れた上で、各地での「想定」を、 それぞれまとめていく必要がある。 その上で、どのような対策を講じるのか。 その対策には費用はどれだけかかるのか。 1人1万円くらいでできるか?それとも1人100万円くらいかかるか。 さらに、堤防を造るのに、どの程度の期間がかかるのか。 あまりに時間がかかるようでは、対策として有効とは言えない。 防災について、被害をゼロにするという考え方は、大いなる自然に対して、 畏れを知らぬ傲慢な態度なのだろう。 しかし、それは防災が必要ないということではない。 被害ができるだけ少なくなるように、工夫をし、努力を続け、 構造物や街のあり方を検証していくことが、これからの復興局面で、 とても大事な姿勢になってくると考えている。 それが、地震にも津波にも、その他の天災に対しても、 粘り強く対応できる国土と人々を育てていくことにつながるのだと思う。
昨晩、東日本でかなり大きな余震があり、東京もずいぶんと揺れた。
発表されているところでは、東京は震度3のようだが、 これまで幾度も経験してきた震度3に比べて、揺れが大きく、 しかも揺れている時間が長かったように感じた。 そう感じたのは、単なる錯覚なのか、 大震災によって感覚が敏感になっているせいなのか。 いずれにせよ、少なくとも僕の中では震災の傷が、少し癒え始めていたところに、 冷や水を浴びせられたようなショックがあった。 自然への敬意は持っているつもりだ。環境問題にも関心を持ち、 環境に負荷をかけないような生活を心がけている方だとも思う。 自然を観察し、移りゆくその姿にも心を委ねてきた。 しかし、この1ヶ月間、僕の心に突きつけられたのは、 自然への畏怖、おそれ、というものがなくなっていたのではないか、 祖先が持っていたはずの畏れ怖れを僕は持たずに育ってきたのではないか、 という根本的な問いかけだ。 この国の自然は多様性に富み、様々な美しい姿を見せてくれる。 その一方で、しばしば牙をむく。 地震、津波、台風、大雨、洪水、鉄砲水、高潮、土砂崩れ、 火山、土石流、火砕流、大雪、雪崩、冷害、旱魃など、 山をおそれ、森をおそれ、川を恐れ、海をおそれ、 雷や天候の急変をおそれ、地面にひれ伏し、 「荒ぶる神々よ、鎮まりたまえ」とひたすらに祈る。 そういった、謙虚な姿勢を忘れ、傲慢になっていたのではないか。 この国に生きるものの宿命とでも言うべきもの。 それを背負って生きていかなければいけないことへの覚悟。 頭でではなく、心と体でその重みを感じつつ、 この国の新たな一歩を踏み出すことになる。
海外における今回の震災と、特に原発に関する報道について、
どこまでちゃんと取材をしているのだろうか?と疑問に思っていたところ、 以下のリンクにあるようなウェブサイトが立ち上がり、 日本在住の外国人ジャーナリストによる各国のニュース評価の取組が、 行われているとのこと。 exiteニュース CNNやテレグラフ震災記事は「インチキ」 海外メディア監視サイトが「告発」 http://www.excite.co.jp/News/society_g/20110327/JCast_91410.html また、各地で早くも復旧復興の槌音が聴こえ始めており、 たとえば東北新幹線が今月中には営業再開見通しであることから、 これを、被災時の写真(電柱が倒れたりしているもの)と復旧後の写真を載せた上で、 海外に向けても大きくアピールするのが良いのでは?と思い、 JR東日本に、その旨、意見を出した。前向きに検討してくれるといいなと思っている。 Mixiニュース 東北新幹線運転再開にめど http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1557992&media_id=88&m=2&ref=news%3Aright%3Aaccess このアイディアは、水戸付近の高速道路が震災で大きな被害があり道路がズタズタだったのに、 6日後には復旧し開通したニュースが海外で驚きをもって受け止められたらしい、 というウェブニュースを読んで出てきたもの。 各国で寄せられたコメントでは、「信じられない」「僕の国では復旧に10年はかかる・・・」 などの反応があったようだ。 一方で、東日本が受けた傷は、そうそう簡単に癒えるものではなく、 まだまだ世界からのサポートが必要だということも、より強く訴えていく必要がある。 アメリカで今回集まっている義援金は、ハイチ地震の際の半分程度とのことで、 その一因として、日本人が「助けて!」と言っていないという指摘がある。 他国に頼るのが苦手なのも理解できるが、 今回は1000年に1度の大災害なので、 海外からの支援をもっと積極的に、ありがたく受け取るための情報発信も必要だろう。
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